大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和57年(う)1498号 判決 1983年6月16日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

原審における未決勾留日数中九〇日を右刑に算入する。

原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人前田裕司、同中川瑞代、同栗山れい子、同山花貞夫、同栗山和也、同小澤克介、同西畠正連名提出の控訴趣意書及び同補充書に、これに対する答弁は、検察官提出の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中法令の解釈・適用の誤りの主張について

所論は、要するに、刑法六〇条は「二人以上共同シテ犯罪ヲ実行シタル者ハ皆正犯トス」と定め、実行行為者のみを正犯として処罰しようとしているのであるから、共謀に参加しただけで実行行為を担当していない者であつても正犯として処罰すべきであるとする、いわゆる共謀共同正犯論に従い、何ら実行行為を行なつていない被告人に対し、同法一一〇条一項の建造物等以外放火の共同正犯の罪責を負わせた原判決は、同法六〇条の解釈を誤り法律に定めのない犯罪類型を認め、また犯罪の成立範囲を不明確にするものであつて、憲法三一条の定める罪刑法定主義に反するものである、というのである。

しかしながら、共謀に参加しただけで実行行為を担当しない者であつても正犯となる、という共謀共同正犯の法理は確定した判例によつて認められているところであつて、所論は独自の見解に基づき原判決が正当になした法令の解釈適用を論難するものにすぎず、到底採用することができない。原判決に所論のような法令の解釈適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

控訴趣意中事実誤認の主張について

所論は、要するに、原判決は、被告人において「Bを含むAらのグループのオートバイを焼燬するなどして破壊しようと企て」、C、F、Eとの間でB所有の自動二輪車を焼燬しようという共謀を遂げた旨認定しているが、(1)被告人の意思内容は、BがAと付き合つている場合にはBの自動二輪車を壊すこともあるから、Aとの付き合いは止めろという程度のものであつて、せいぜいBに対する脅迫の意思があつたにすぎないものであり、(2)また、被告人とF、Eとの間には、Cを介してであれ、被告人の言動によつてF、Eらに実行行為に至らせるという関係は存在せず、むしろ本件はF、Eらがその独自の判断によつて実行行為に及んだものとみるのが相当であり、被告人にとつて同人らの本件所為はおよそ予測のつかなかつたところであるから、被告人には共謀共同正犯としての責任を負う理由はないものというべく、被告人とC、F、Eとの間に建造物等以外放火の共謀の事実を認め、被告人に共謀共同正犯としての責任を負わせた原判決は事実を誤認したものというべきである、というのである。

そこで、所論にかんがみ原審記録を調査検討し、当審における事実取調の結果をも合わせて判断すると、原判決が挙示する関係各証拠を総合すれば、原判示事実、すなわち原判決が「犯行に至る経緯」並びに「罪となるべき事実」として詳細に判示するところの、被告人と共犯者、被害者らとの交友関係、原判示各集団の結成・対立、被告人がBの自動二輪車の焼燬を思い立つた経緯、右焼燬をCに命じ、同人がこれを承諾した状況、Cが被告人の原判示文言をF、Eに伝え、同人らもBの自動二輪車の焼燬を承諾した状況、右両名においてその焼燬の具体的方法を謀議したうえ、本件犯行に至つた経過、状況等の諸事実を十分に認定することができ、これらによれば、被告人、C、F、E間に順次本件犯行についての共謀が成立したことが認められるのであつて、原審で取調べられたすべての証拠並びに当審における事実取調の結果によつても、原判決の事実認定、判断に誤りがあるとは考えられない。

所論は、被告人の司法警察員及び検察官(但し昭和五六年八月六日付供述調書を除く)に対する各供述調書はいずれも任意性、信用性に欠け、Cの検察官に対する各供述調書の謄本もいずれも任意性・特信性、信用性に欠けるというのであるが、これら各供述調書、同謄本に任意性・特信性の存することは後記法令違反の主張に対する判断の項において説示するとおりであり、その信用性も、次の理由により十分にこれを肯認することができる。すなわち、被告人の所論各供述調書については、(イ)被告人の交友状況、(ロ)被告人並びに本件共犯者らの所属する集団である原判示「ルート20」、「夜組」内における先輩、後輩間の規律の問題、(ハ)被告人が五月一五日頃の夜原判示「ドブ川」の橋の上でCとGの両名に会い、CにBの自動二輪車を燃やすよう命じた際の状況、会話内容、(ニ)その二日後の五月一七日頃の夜右同所で被告人が再び右両名と会い、Bの自動二輪車を燃やしたかどうかCに確認した際の状況、(ホ)本件犯行のあつた日の朝被告人が母親から川久保方家屋が火事で焼けた旨聞かされ、先にCにBの自動二輪車を燃やすよう命じておいたことに思い当たり少なからず衝撃を受けたことなどの諸点についての各供述調書の記載内容は、いずれも具体的、詳細であり、内容的にも自然かつ合理的で、しかも、これらの点(但し(ホ)の点を除く)に関するCの所論各供述調書謄本の記載内容、同人、F、E、G、Hの原審における各証言、Fの当審における証言ともよく符合しており、十分に信用できるものであり、Cの所論各供述調書の謄本についても、前記諸点(但し(ホ)の点を除く)のほか、(ヘ)同人がF及びEに被告人の前記文言を伝達した際の状況、会話内容等についての各供述調書の記載内容は、具体的、詳細であり、内容的にも自然かつ合理的で、これらの点に関するCの原審証言、被告人の所論各供述調書の記載内容、F、E、G、Hの前掲各証言ともよく符合しており、十分に信用できるものである。被告人がCにBの自動二輪車の焼燬を命じた事実はないとの所論に添う被告人の前掲八月六日付供述調書、家庭裁判所調査官作成の昭和五六年七月三一日付調査報告書(但し被告人を陳述者とするもの)、被告人の原審及び当審における各供述並びにCの当審における証言は、その供述自体に不自然な変遷が認められるだけでなく、前掲各証拠に照らし、たやすく信用することができない。

また所論は、被告人が喫茶店「ロツキー」において、直接、間接Bに対し、「単車を燃やすと言つたのは冗談だ」と言つている点をとらえ、被告人にはそもそもBの自動二輪車を燃やす意思はなかつたものであるというのであるが、前掲各証拠を総合すると、被告人の右発言も、その真意がBらの側に伝わるのをおそれ、冗談を装つてその場を取り繕つたものと理解されるのであつて、右所論も採用し難い。

なお所論は、建造物等以外放火罪は具体的公共危険罪であるところ、本件においては被告人に公共の危険発生についての認識がなかつたものであるから、被告人について右放火罪は成立せず、従つて被告人を同罪に問擬した原判決は事実を誤認したものである、というのである。確かに、本件の場合被告人に公共の危険発生についての認識があつたか否かについては、これを積極に認むべき証拠はない。しかし、そもそも刑法一一〇条一項の建造物等以外放火罪の規定は、その文言上からも明らかなように、結果的責任を定めたものであつて、その成立には所論公共の危険発生についての認識は必要でないと解するのが相当であり、従つてこれが必要であるとする所論はその前提において失当であつて、採用することができない。

以上のとおりであるから、事実誤認をいう論旨は、すべて理由がない。

控訴趣意中訴訟手続の法令違反の主張について

所論は、要するに、(1)被告人の司法警察員及び検察官(但し前掲八月六日付供述調書を除く)に対する各供述調書はいずれも取調官の強制、強要若しくは威圧下の誘導に基づいて作成されたものであつて、その任意性に疑いのあるものであり、(2)またCの検察官に対する各供述調書の謄本は被告人の場合と同様いずれも取調官の強力な威圧のもとに誘導され、取調官の想定する一定の筋書を追認する供述を強制、強要され、作成されたものであつて、特信性、任意性のないものであるから、これら調書を証拠として採用し事実認定の用に供した原判決には、右(1)については刑訴法三二二条一項、三一九条に、右(2)については同法三二一条一項二号にそれぞれ違背する訴訟手続の法令違反がある、というのである。

そこで、所論にかんがみ原審記録を調査検討し、当審における事実取調の結果をも合わせ判断するに、まず、所論(1)の被告人の各供述調書については、(イ)原審証人奥田武の証言によつて窺われる被告人に対する取調状況、供述経過、(ロ)任意性に争いのない前掲八月六日付供述調書は本件についての従前の自白を撤回し、これを否認するに至つた被告人の供述を録取したものであつて、その録取者において被告人の当時の言い分を十分に取り入れて録取していることが窺われるところ、所論各検察官調書も右調書の録取者と同一の検察官によつて作成されているのであつて、これら各調書も被告人のその当時における言い分を十分に取り入れて作成されているものと推認されること、(ハ)これら各供述調書の信用性について前述したとおり、その調書の記載内容がいずれも具体的、詳細で、かつ自然、合理的であり、関係人の各供述とも重要な部分においてよく符合していること、(ニ)家庭裁判所調査官に対する第一回目の供述で犯行を否認して以来、被告人の供述の変遷は甚しく、その変遷した供述の内容、変遷の理由についての供述も不自然な点が多く、にわかに信用し難いものであること、などの諸点に照らすと、所論各供述調書が作成された当時の被告人の年令を考慮に入れても、その任意性を肯認するに十分であり、所論(2)のCの各供述調書謄本についても、(イ)その録取者が被告人の取調を担当した前示検察官と同一の検察官であること、(ロ)これら各供述調書謄本の信用性について前述したとおり、その調書の記載内容がいずれも具体的、詳細で、かつ自然、合理的であり、関係人の各供述とも重要な部分においてよく符合していること、(ハ)C自身も、原審において検察官の主尋問に対しては、被告人の面前を意識しつつも、一応所論各供述調書謄本の記載内容の真実性を首肯させる証言をしていること、(ニ)その後の弁護人の反対尋問並びに当審における尋問の際の同人の証言内容には不自然な変遷が認められること、(ホ)また同人は当審において、「検察庁の調べのときも結構落着いて話したと思いますが、宇都宮の裁判所のときが一番冷静になつて、自分の気持に素直に話したと思います。」と証言し、検察官による取調に所論のような強制、強要や威圧下の誘導等の存しなかつたことを窺わせる供述をしていること、などの諸点に照らすと、所論各供述調書が作成された当時の同人の年令を考慮に入れても、被告人の所論各供述調書について説示したと同様、その特信性、任意性を肯認するに十分であるから、これら各供述調書、同謄本を証拠として採用し、事実認定の用に供した原判決に所論のような訴訟手続の法令違反があるとは考えられない。論旨はすべて理由がない。

控訴趣意中理由不備の主張について

所論は、要するに、(1)原判決はその理由として、「犯行に至る経緯」、「罪となるべき事実」、「証拠の標目」、「法令の適用」を記載しているだけであるが、本件の場合のように被告人が極力事実を争つて反証を提出している場合には、右のような記載だけでは不十分というべきであり、原裁判所としてはいかなる証拠によりいかなる事実を認定したのかを判決書において詳細に説明しなければならないから、原判決には右のような証拠の説明を怠つた違法があり、(2)また原判決は証拠の標目として供述内容を異にする、あるいは供述内容の相矛盾する証拠を、部分的に特定することなく、そのまま挙示しているが、このような証拠の挙示の方法は証拠の挙示を要求する刑訴法三三五条一項の趣旨に反するものとして違法なものであるから、以上いずれの点からみても、原判決には絶対的控訴理由である刑訴法三七八条四号の理由不備の違法がある、というのである。

しかしながら、本件の場合のように事実が争われているからといつて、原判決の所論のような理由の記載を違法視すべきいわれは全くなく、また原判決が証拠の標目として所論のような証拠を部分的に特定することなく列挙しているからといつて、何ら刑訴法三三五条一項の趣旨に反するものでもないから、原判決の理由不備をいう論旨は、すべて理由がない。

控訴趣意中量刑不当の主張について

所論は、要するに、被告人を懲役一年六月以上三年以下の実刑に処した原判決の量刑は重すぎて不当であり、被告人に対しては刑の執行を猶予するのが相当である、というのである。

そこで、原審記録を調査検討し、当審における事実取調の結果をも合わせて判断すると、本件犯行に至るまでの経緯、事案の内容は、原判決が「犯行に至る経緯」及び「罪となるべき事実」として判示しているとおりであり、生じた結果も極めて重大な事犯であつて、本件の実行行為を担当した少年F、同Eらの無思慮、無分別な行動もさることながら、同人らをしてかかる所為に走らせた最年長の被告人の責任はさらに重いものといわなければならない。しかも、本件犯行は被告人が先に傷害の非行で保護観察に付され、関係機関の監護、教育を受けている最中に改心の念なく敢行されたものであつて、犯情は芳しくないといわなければならず、これらの諸点に、被害者に対し未だに被害の弁償がなされていないこと、被告人に本件についての反省の情が窺われないことなどの諸事情をも合わせ考えると、被告人を懲役一年六月以上三年以下の実刑に処した原判決の量刑も、あながち首肯できないものではない。

しかしながら、さらに考えるに、本件犯行の経緯にかんがみると、そもそも被告人が本件自動二輪車の焼燬を命じた時点において本件のような重大な結果の発生を予測していたものとは到底考えられないこと、本件は被告人がまだ一八才に満たない少年時の犯行であること、被告人にはまだ前科がないこと、その他本件の共犯者らに対する部分(いずれも中等少年院送致)との均衡等被告人に有利な諸事情を斟酌すると、原判決の量刑は、その刑期(長期ならびに短期)の点において重きに失し不当であると考えられる。論旨は右の限度で理由がある。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄することとし、同法四〇〇条但書によりさらに次のとおり判決する。

原判決が証拠により認定した罪となるべき事実に原判決と同様の法令(ただし少年法五二条一項を除く)を適用して得られた処断刑の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、刑法二一条により原審における未決勾留日数中九〇日を右刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用については刑訴法一八一条一項本文によりその全部を被告人に負担させることとする。

以上のとおりであるから、主文のように判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例